2012年8月29日水曜日

サラリーマン金次郎~尊徳資料館・桜町陣屋・二宮神社編~


草木も眠る丑三つ時

薪を背負い、本を片手に夜な夜な奴は走りだす。

そう・・・奴の名は、二宮金次郎!


アナタの学校にもありませんでしたか?
二宮金次郎さんの銅像』と金次郎さんが夜中に走り出すという怪談話。

そんな二宮金次郎(尊徳)さんの資料館を、いつもの如く仕事の最中に見つけてしまいました。
場所は、栃木県真岡市物井2013-2





大人になった金次郎(尊徳)さんがお出迎えしてくれるよ。


二宮尊徳資料館は、無料で入れます。
私しが伺った時は、資料館の係委員さんが尊徳さんについて解説してくださいました。
無料なのに、このサービスぅぅ!とても、勉強になりますし、なかなかの展示物がございます。

『行くしかないぜよ!』

えーと、尊徳さん身長182cm、体重94kgの大男でございました。
上の薪を背負った坊ちゃんがそんな大男になるんですね?当時の大人の男性の平均身長が
155cm位だということですから、相当威圧がありますね。
ちなみに、尊徳さんが使用していた物が残されているので、詳細にわかるのだそうです。

尊徳さんは、小田原生まれです。

なぜ、栃木県に来たのかと言うと・・・

小田原藩主、大久保忠真公は、名君として知られていました。身分制度が厳しい当時に、能力のある人を身分に関係なく登用するような方だったそうです。その忠真公は、小田原藩の町の復興を
尊徳さんに任せようとします。しかし、家臣たちが『そんな身分の低い人間に任せられますかいなぁ~』と大反対し、尊徳さんの登用は見送られますが、忠真公、尊徳さんを諦めきれません。

ならば、尊徳さんに結果をださせて、誰も文句を言えない様にしよう!と、分家のある桜町(栃木県)の復興を任せたのがキッカケで、尊徳さんがこの地に来たのだそうです。

桜町陣屋

1823年から1848年まで尊徳さんが住んでいました。
建物内には、役所、倉庫、牢屋、尊徳さん達役人の家族住居があったんだそうな。





二宮神社

二宮尊徳没後50年の明治38年に尊徳さんの遺徳を偲び、桜町陣屋内に創建されたそうです。
で、昭和11年の尊徳さん没後80年に現在の場所に移し、社殿も新しくしたのだそうです。
ちなみに、尊徳さんのお墓は、お隣の蓮城院あるよ。

尊徳さんの命日の11月17日(旧暦10月20日)には、祭礼が行われるんだって!




二宮尊徳さん、通称ニノ!彼は、本当に素晴らしい方です。
学校を走り回ってるだけじゃないんですよ。学校を走り回っているだけだろう?
なんて思っているアナタに是非に行ってもらいたい!

資料館無料だすよ。

勉強になります!

尊徳さんの素晴らしさは、自分で調べよう!

尊徳さんの娘さんの書・絵なども見れるよ♪
これまた、素晴らしいのです。

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